ごとり、と何かが落ちる音がした。 私の手には、薪を割るための斧。目の前には、首の無い人影が二つ。 白かった寝巻きは、今や深紅に染まって清らかさの面影も無い。 「…ふふふ」 何故だろう、私の口からは自然と笑いが零れていた。 誰に対しての笑いだろうか。私自身への嘲笑ともとれるし、こんな娘に簡単に寝込みを襲われた両親への侮蔑の笑いかもしれない。 何はともあれ、これで彼に対する障害は減ったわけだ。 「あはは、あはははは」 自然と声が大きくなる、もう自分でも抑えられなかった。 「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」 私の高笑いは続く。憎しみ続けた両親への勝利を祝うように。 どれほど笑っていただろうか。私は笑い終え、静かに部屋を出ていた。 ふと、自分の手を見る。 慣れない斧なんて持ったせいで、少し手が擦れて赤くなっている。 でも、何故か手放せなかった。今これを手放したら、きっと弱い自分に戻ってしまう、そう思っていたのかもしれない。 私は斧を持ったまま、下の階へ降りて色々考える事にした。 ―喉も、渇いている。 水が飲みたかった。一刻も早く、この渇きを潤したかった。 「…はぁ…は…ぁ」 いつの間にか、私は肩で息をしていた。 階段を下りきり、椅子に斧を立てかけると、今まで抑えていた感情の波が私を襲った。 ―私は悪くない、反対した両親が悪いんだから。落ち着かない。手にまだ感触が残っている。嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ… 手はタオルを掴み、冷や汗を拭っている。冷や汗と一緒に自然と返り血も拭っていた。 頚動脈もろとも首を切ったのだ、返り血の量も尋常じゃない。 「…まず血を落とさないと」 私はバスルームへ向かった。 蛇口をひねると、熱いお湯がシャワーから飛び出し、私の肌に当たる。 床に当たったお湯が湯気を作り、自然と室内が薄くもやがかかったようになる。 数分シャワーに当たっていると返り血もだいぶ落ち、いつもの私の肌に戻っていた。 ただ… 「…落ちない」 どうしても、髪についた血だけが落ちない。しっかりと洗ったはずなのに、何度も流したはずなのに。 自分の身体を見る。あまり大きいとはいえない胸と、細い腰、白い肌に…赤黒い髪。 髪だけが、変わっていた。 「何故、何故なの…?」 私は自分に問いかけるようにつぶやいていた。 ―思い当たる節が、一つあった。 母だ、これはきっと母の最後の足掻きだ。 以前から、私の母は私の黒髪を妬んでいた。白い肌も勿論だが、母は異常に髪に執着していた。 そう確信した私の口からは、さっきと同じように笑いが零れていた。 「あはは…惨めな母さん、死んでも私を妬むのね」 しばらく私はシャワーに当たっていた。何をするでもなく、ただ、そのお湯に当たっていた。 シャワーから出た私は下着姿のまま、しばらくぼーっとしていた。 両親の死体処理の方法、これからの計画、彼への復讐…思いが頭の中で渦巻いていた。 外には朝焼けが見え、程なくして夜が明ける事を知らせているように見える。 コップ一杯の水を飲み終えると、私は静かに席を立った。 私は一階の奥の部屋にあるタンスから、一着のワンピースを取り出した。 数えるほどしか着ていない、深紅のワンピースを私は身にまとっていた。 そばにあった櫛を取り、いつものように髪を梳かす。 あれほどの血がこびり付いたはずなのに、櫛はすーっと通っていく。 まるで、髪が血を吸ったかのように。 手を止め、髪を梳かした櫛を見る。結果、嫌な予感は当たっていた。 血など全くついていない、綺麗な櫛が眼前にある。 …気味が悪かった。 しかし、今はそんなことを気にしていられない。両親の死体の処理があるのだ。 幸い、私の家は周囲に人気の無い湖の近くに建っている。一応、豪邸の部類に入るのだろう。 おかげで埋める場所には困らない。沈める事も考えたが、浮かんでくるのが嫌だったので止めた。 今なら明け方なのもあって、普段人通りの無いここに人が通るのは稀になる。 「チャンスは今ね…」 私は二階へ向かった。階段をコツコツと私の足音が上がっていく。 正気を取り戻してから二階へ来てみると、充満した血の臭いでむせそうになった。 瞬時に気分が悪くなる。しかし立ち止まるわけにはいかない。 私は重い足取りで両親の寝室へと向かった。 周囲を嫌な静寂が包む。私は意を決してそっとドアを開けた。 ドアを開けると、周囲の血の臭いが一段と強くなる。 その嫌な臭いに軽く眩暈がした。思わず膝を付きそうになるがドアを支えにして何とか持ちこたえる。 私はまず母親の死体を持ち上げた。首が無いのと、血が抜けているのとでだいぶ軽い。 死体を壁に立てかけるように下ろし、窓を開け放つ。新鮮な空気が部屋に流れ込む。 私は目を閉じ、思いっきり深呼吸をした。眩暈も治まり、気分もだいぶよくなった。 私は改めて母親の死体を担ぎ上げ、窓から一気に放り投げた。 ぐしゃりと地面に叩きつけられる音が響く。私はそれを気にすることなく、父親の死体を担ぎ上げに向かう。 不意に、私を強烈な頭痛が襲った。 「…ッ!?」 頭が割れそうなくらい痛くなる。私はよろめきながら両親の寝室を出た。 ふらふらと不安定な足取りで自室へと向かう。頭痛は治まる気配を見せない。 途中何度も脚が崩れて倒れそうになるが、壁に手をつき耐える。 扉を開け、ベッドへと倒れこむ。スカートがまくれ下着が見えそうになるが、気にせずに寝転がった。 「うぅ…ぁ…何…これ」 私はただ、うめく事しか出来なかった。 痛みは酷さを増し、執拗に私の体力を削ぐ。まるで、両親の呪いのように。 ―痛い、痛い痛い、痛い痛い痛い痛い痛い… 声にならない悲鳴を上げていた。しかし、誰にも届かない。 頭痛は治まらない。私は頭を抱えて丸まっている。 「ぁ…あぁ……い…や、嫌…嫌」 次第に私の声が小さくなる。気が付いたときには、私の意識は途切れていた。 どれほど眠っただろうか。気が付くと部屋に午後の強い日差しが差し込んでいた。 「…うぅ…寝て…た?」 頭痛は治まったが、未だに頭がぐらぐらする。血の臭いは窓を開けたせいか、だいぶ薄くなっている。 私は自分の頬を軽くぺちぺちと叩き、目を覚ます。 ベッドから立ち上がると、いつもの足取りで両親の寝室へ入った。 床に飛び散った血は乾いており、血の臭いは殆どしなかった。 私は父親の死体を担ぎ、窓の方へと歩く。 窓から下をのぞく。母親の死体はそこに変わらずにあった。 「…ん、よし」 私は躊躇うことなく父親の死体を投げ捨てた。 そしてふと思った。この部屋の窓の正面は森で、人が通るのを見たことが無い。 それに熊もでる。死体処理の手間が省けたと、私は一人笑っていた。 私は一階へと下りようとした。しかし、一つだけ忘れていた事がある。 もう一度両親の寝室へと戻る。床に転がっていた髪の毛を掴み、落ちていた頭を持ち上げる。 それを、窓の外へ勢いよく放り投げ、捨てた。 部屋の中には私一人。それと血に濡れた床とベッド、そして全開の窓。 自然と口から「くすくす」と笑いがこぼれていた。 私はその部屋を後にし、下へと下りていく。 紅茶をカップに注ぐ。傍らには手作りのクッキーが受け皿に入って置いてある。 午後の紅茶の時間を、いつもとは少し違う雰囲気で迎える事になった。 私にとってこの時間はいつも楽しいものだった。 今は、楽しいというより清々しい気分だった。 嫌っていた両親との離別が済み、後は彼への復讐を残すのみとなった。 「…うん、いつもより上手く淹れれたかも」 紅茶を飲み、一人つぶやく。 クッキーもいい感じに焼けており、ほんのりと甘味が口いっぱいに広がる。 静かな午後のひと時、この時間がいつまでも続けばいいと思った。 ふと時計を見る、もう夕暮れになろうかという時間だ。 いつの間にかポットの紅茶も空になり、クッキーもなくなっている。 時間の進みが早く感じた。 いつもは片付けるであろうその光景を、私はそのままにしておいた。 「…ごめんね、きっともう戻ってこないから」 そっとカップを撫でる。かれこれ五年以上愛用している品だ。 愛用のカップを元あった所へ置くと、私の目から自然と涙がこぼれた。 「……」 何故だろう、ふと哀しさが胸を掠める。愛着ゆえだろうか、それとも死ぬのが怖いのか。 少しだけ、眠ろう。夜まではまだ時間があるのだから。 私は静かに二階へと上がっていった。 自室の扉を開ける。いつもと変わらぬ風景がそこにあった。 ベッドに腰掛けると、近くの写真立てを手に取る。 写っているのは、私と彼の姿。日付を見ると、もう一年も前になる。 裏の蓋を開け写真を取り出すと、机の上にあったはさみをもう片手に取った。 私ははさみを写真に近づけると、一気に真ん中から切り落とした。 その軌跡は私と彼の真ん中を通り、仲を別つように二つになっていた。 「そうね、貴方のせいなんだから…」 そう言った私は、無意識に彼の方の写真を切り刻んでいた。 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も… ただ殺意を込めて、怒りを込めて、執念を込めて、切り刻んでいた。 何をつぶやいていたかは覚えていない。でもきっと、彼への怨み言だと思う。 切り刻み終えると、その紙切れをごみ箱へと捨てた。 ベッドの上で横になる。電気の点いていない、白い天井が見える。 「…待っててよ?殺しに行くんだから…ふふふ」 そうつぶやいた後、私は静かに目を閉じた。 得物は斧と…ナイフで十分かしら。火気を忘れようにしないと… 事前の計画を思い返しながら、静かにまどろみの底へと落ちていった。 深夜、私は目を覚ました。 夜目は利いているので時計の針も問題なく見える。 「…1時、予定よりだいぶ早いけど…まあ、いいわ」 私は身体を起こし、机の引き出しの中を漁った。 手に取ったのは、いつか買った護身用のナイフ。 刃渡りはそこそこあり、人を刺すのには十分な程度だ。 鞘に納まったそれをしっかりと握り締め、私は静かに下へと向かう。 血の臭いは既に殆どなく、明け方の頭痛も完全に治まっていた。 雲ひとつ無い夜空に星が煌く。コンディションは万全だ。 一階に下りた私は、同じ場所にあった斧を持ち上げて軽く素振りをした。 重さに振り回されそうになるが、少なくとも昨日よりは上手く扱えているはずだ。 ふと、寝る前に紅茶を飲んでいたテーブルを見た。 カップも、ポットも、受け皿も変わらずにそこにある。 それを見ると、ふと安堵の吐息が漏れた。 「…そうね、もう、戻ってこないのだから」 まだ時間もある、そう思った私は紅茶を淹れる準備を始めた。 テーブルの上にはカップとポット、空の皿にナイフ。 私が生きている中での、最後のティータイムだった。 「……」 ふと、涙がこぼれた。私はそれを手で拭い、紅茶を口にする。 その味はどこか哀しいような、いつもと違うような味に感じた。 程無くして、ポットの紅茶が空になった。 「…頃合かしら」 私は静かに席を立ち、斧とナイフを握りなおした。 愛用していた紅茶用品に別れを告げ、静かに外へと歩み出る。 ―今宵の月は、満月だ。 彼の家まで、あまり時間はかからなかった。せいぜい15分程度といった所だろうか。 電気はとうに消え、窓から見えるのはカーテンの裏地だけだった。 私は、彼の家の勝手口はいつも開いている事を知っていた。恋人時代の名残だ。 静かに勝手口の戸を開け、中へと入る。 ―まずは邪魔者を始末しておかないと。 この家の間取りはほぼ見なくてもわかる状態だ。何度も出入りしているのだから。 私はまず、彼の両親の部屋へと向かう事にした。 階段を上り、奥から二番目の戸を静かに開ける。彼の両親は熟睡している様子だった。 斧を握る手に自然と力がこもる。不思議と、怖くは無かった。 ベッドの横まで歩いてきた私は、ナイフをポケットに入れて斧を構えなおす。 そして、勢いをつけて振り上げると、一気に首めがけて振り下ろした。 肉を切り、骨を砕くあの感触。両親と同じ、確かな感触。 飛び散る鮮血、声を出す間もなく落ちる首、痙攣で震える身体。 何もかもが一瞬で、呆気なかった。 返り血を顔、髪、服、いたるところに浴びて、私は立っていた。 断ち切った斧を、静かに死体から引き抜く。 そして、もう一方の人影にも同じように振り下ろした。 ゴキリと首の骨が砕ける音が響く。自分が何をやっているのかはわかっている。 しかし、止めるわけにはいかなかった。彼への復讐は、終わってないのだから。 自然と笑いが零れそうになるが、今回ばかりは耐えた。 静かにその場を後にしようと歩き出す。まだ次の標的が残っているのだ。 部屋をそっと出て、次の部屋へ向かう。一番手前の、右側の扉、そこが標的だ。 戸をそっと開ける。静かな寝息が聞こえる。 斧を引きずりそうになり、慌てて持ち直す。幸い引きずる音は出なかった。 静かにベッドに歩み寄る。彼の妹は寝息を立てて静かに眠っている。 その寝顔を見ると、殺意が沸いてきた。妹でありながら彼に抱かれたのが、妬ましく、悔しかった。 私はいつものように斧を構える。しかし、今回は狙う部位が違った。 勢いよく斧を振り下ろす。狙いは―心臓だった。 斧を叩きつけられた部位が陥没する。鮮血が飛び、顔にかかる。 「ぐぇ」とうめき声が聞こえた気がしたが、私は気にすることなく斧を振り下ろす。 斧が叩きつけられる度に血が飛び出す。彼女の口から血が吹き出す。 それでも私はやめなかった。ただただ無慈悲に、残酷に、冷酷に、何度も何度も叩きつけた。 一振りに恨みを込めて、一振りに怒りを込めて、一振りに殺意を込めて… いつの間にか、彼女の身体はボロ切れのようにズタズタになっていた。 傷口のいたるところから内臓がはみ出している。それは赤黒く、淡い桃色で、血のように真っ赤だった。 「…許してなんてあげない、死んでも…ね」 そういった私は、最後に一撃、斧を頭に振り下ろした。 頭蓋が砕け、脳漿が飛び散る。淡い色をした脳みそが潰れ、ぐちゃぐちゃになった。 目は頭蓋が砕けた事により飛び出るような形になり、まさに異形の表情と化していた。 「…うふふ…あはは、あははははは」 私は思わず声を上げて笑っていた。今となってはこれほど愉快な事も無かった。 何の抵抗も出来ずに殺された彼女が惨めでみすぼらしく見えたのが愉快でたまらなかった。 ふと、扉の方に人の気配を感じた。この家で残ってるのは、彼一人だ。 私はゆっくりと彼のほうへ振り向いた。 震える彼の声が聞こえる。 「…セシル…お前ッ」 「…やっと振り向いてくれたね、待ってたんだよ?」 「そんな事知るか、この鬼!悪魔!」 「……ぇ」 私の中で、何かがはじけた。全てが音を立てて崩れ去った。 彼への思いも、愛も、全てを否定された。私の全てを否定された。 彼は怒りに震える目でじっとこちらを見つめている。 「…貴方に必要とされないのなら、この名前に意味は無いわ。  そうね…今からは『ラエリ』とでも名乗りましょうか。  …愛してるよ…殺したいほどに!」 そう言うと私は斧を彼に投げつけてた。さすがにコントロールが利かず、あらぬ方向へと飛んでいく。 しかし、投げた瞬間に私は走り出していた。ナイフを右手に持ち、低い姿勢で走る。 彼が斧から私に視線を戻した、しかし気づいたときには遅く、彼の腹をナイフが抉っていた。 辺りに鮮血が飛び散り、彼は腹を押さえ飛びのいた。 「…お前は、人を殺すのも笑顔でやるのか」 自然と笑んでいたらしい。私にはそれを気にする余裕も無かった。 「…人はいずれ死ぬわ、それがいつであろうと同じ事。  …いつか死ぬなら、今死んでもなんら変わりはないはずよね?」 「…お前…正気か?」 「正気も狂気も無いわ。どちらも表と裏なのだから」 何処で聞いたわけでもない、かと思えば考えた事があるわけでもない言葉が口から出る。 今ここに『セシル』はいない。いるのは『ラエリ』という名の少女だけ。 彼は一階へ逃げようとしていた。私はそれを止める為に走る。 が、彼が何かに脚を取られ、階段を転げ落ちていく。私もそれを追う。 ―階段の下に、彼の姿は無かった。 私が不思議そうにしていると、後ろから突き飛ばされた。彼が私を突き飛ばしたのだ。 思わずつんのめるが、ナイフだけは離さなかった。 とっさに身を回転させ、受身をとる。彼は目の前だ。 私は走り、一気に彼との距離を詰める。彼は逃げる気配が無い。 ふと、彼が懐から何かを取り出した。銀色に煌いたそれは、私の肌を掠め、赤い傷をつける。 それでも、近づくのを止めはしない。至近距離まで迫られた彼に、逃げる術は無かった。 ナイフを突き立て、一気に刺し込む。無論、左胸に。 彼の口から血塊が零れる。そのまま私はナイフを捻った。 彼は震える手で私を引き剥がそうとしたが、心臓を刺された人間が力を発揮できるはずも無い。 私は静かにナイフを引き抜き、彼から離れた。彼の身体は左胸と腹にある抉れたような傷以外は外傷が無かった。 俯いた私は、色々な事を思い返していた。そして、ふと口から言葉が零れる。 「…貴方は愛してくれなかった。  でも、私は…まだ…貴方の事が…」 頬を涙が伝う。とうに枯れ果てたはずだと思っていた私にとって、それは抑えられぬ衝動だった。 「う…うぁ…あぁ…うわぁああああああ…」 私は泣いた。泣きじゃくる子どものように、赤ん坊のように。ただただ、涙を流していた。 彼の遺体を移動させた私は、暖炉の薪と紙に油を吸わせたものを一箇所に固めていた。 そしてポケットからマッチを取り出し、火をつけて放り投げる。 元々彼の家は木造なのもあって、すぐに火は大きくなった。 室温が高くなり、辺りを紅い炎が包む。 私は、彼の上半身を膝の上に置くような形で抱きしめていた。 「…ずっと、ずっと一緒だから、怖くなんか…ないよ」 自然とつぶやいていた。誰に言うでもなく、自分への慰めとして。 火は次第に大きくなる。それに伴って紅い色も強くなっていった。 「…おやすみなさい、―」 彼の名前を呼んだ。その声も炎の音と家屋の倒壊する音にかき消され、届く事は無かった。 「これは、消えない、私の罪  死んでも、きっと、償えないから  せめて、愛しましょう、貴方を、―を」 いつしか炎は私も飲み込み、全てを無へと返していった。 赤く、紅く、全てを染めて―